柔道選手だった小川直也さんが地獄の銀の真実を28年経過した今、語りました
1992年のバルセロナ五輪で金メダル確実だったのに銀になった事でその後は地獄だったようです。
柔道界でもパワハラ的な事があったのか小川直也さんのインタビュー内容を深掘りしていきましょう。
小川直也 地獄の銀の真実
小川直也さんの地獄の銀の真実についてYahoo!ニュースで話題になりました。
プロレス、総合格闘技のリングで活躍し人気を博した「暴走王」小川直也。1992年のバルセロナ五輪に日本柔道の重量級エースとして「金確実」の期待を背負って出場したが、決勝の後に残したのはその言葉と銀メダルだけだった。最後と決めた4年後のアトランタ五輪は5位。世界選手権優勝4回、全日本選手権は5連覇を含む優勝7回と輝かしい実績を残した一方、五輪の金メダルがないまま柔道界を去った。その小川がいま、指導者として柔道界に復帰している。彼にとって五輪とは何だったのか、なぜ柔道界を一度去ったのか、いま五輪に何を想う――。「地獄の銀メダル」から28年、小川が静かに語り始めた。
引用元:近藤隆夫(スポーツジャーナリスト)|2020年4月11日
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地獄の銀の真実でパワハラ発覚
金メダルが確実とされていた小川直也さんがバルセロナオリンピックで銀メダルになった事でその後の4年間は地獄だったようです。
当時は失敗した者(金メダルを取れなかった選手)に対しては指導者も厳しかったようです。
また選手ファーストという概念はなかったようで指導者の言う事が絶対というパワハラ的な指導が行われていたと真実を語りました。
1992年のバルセロナ五輪では銀メダルだったことで引退も考えたようなのですが若手が育っていないという事で渋々次の4年後のアトランタ五輪も出場を目指して地獄の期間を乗り越えました。
がしかし5位となり引退してしまいました。
やはり、気持ち的にも疲れ切っていたようですし無理やりやらされ感のあった小川選手自身もそれほどオリンピックには執着していなかったとの事でした。
もうちょっと小川選手のやる気を出させる言葉が必要だったのだと思います。
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地獄の銀の真実を告白した小川直也の顔画像
小川直也さんのインタビュー動画です。現在は子供たちに柔道を教える道場をもっているようです。
身長が193センチもあるのに小さな車に乗っていて可愛いです。
193cmの小川直也がs660に乗ったら… pic.twitter.com/PzH888EYeA
— ジャッキー【YouTuber】 (@jackie_mrx69) July 12, 2019
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ネットの反響
◆ 小川直也さんがもっと本気だしていれば金をとれていたはず!
◆ 銀メダルでもたいしたもんです。文句を言ってる人がいるならまずは五輪でメダルを取ってからにしましょう。
へぇ 小川直也氏 はプロレスは事実上の引退をして柔道界に復帰していたのかぁ どんな後身を育てるのか 興味あるな
— 超合金_X ☔ (@chogokin_x) April 11, 2020
てか小川直也って柔道に復帰してたのか。
— Wi (@Wi_ALPC) April 11, 2020
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小川直也 地獄の銀の真実のまとめ
柔道のオリンピックの銀メダル選手である小川直也さんが地獄の真実を語りました!
そこにはいろいろな葛藤やパワハラ指導もあったようです。
でも銀でも金でもオリンピックに挑戦する姿がカッコいいのでメダルが取れなくても小川選手は十分カッコいいと思います。
今後は選手ファーストの指導者となって優秀な人材を育成してくれるでしょう。期待しています^^
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